スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Posted by れいな on --.--
Category :スポンサー広告

備中松山城

備中松山城 (3)
岡山県高梁市にある備中松山城に行きました。

備中松山城 (2)
これも安土城と同様に山の上に建てられた城ですが、天守が残っている山城はここだけなのです。
日本三大山城の一つ。あとの二つは、奈良県の高取城、岐阜県の岩村城。

備中松山城 (1)
なのでちょっとした登山になります。
とは言えトレッキングシューズとか本格的な装備は必要有りません。
が、坂や階段をかなーり登りますので体力は必要です。
ストックの代わりになる竹の杖が用意されています。
これは絶対使った方が楽です。

備中松山城 (4)
天守閣はそんなに大きくはないですが、内部も当時のまま梁などが保存されていますので、岡山城のそれとは違い、昔に想いを馳せる事が可能です。

備中松山城 (5)
階段はこの様に狭くて極めて急に作られています。
敵が侵入してきた時に容易に上まで上がって来れないようにするためですね。
この城は備中国の首都として幾度となく争奪戦が繰り返されました。
1240年~1873年まで15回も城主が入れ替わっています。

備中松山城 (6)
この城のもう一つの特徴は、朝早くに行くと
この様な雲海の中に浮かぶ天空の城みたいになるところです。
 
Posted by れいな on 28.2018   2 comments
Category :旅行

連続コメントしますよ。
 
備中松山城も、行きたい場所ですが・・・
それ以上に行きたいのが、"備中高松城"。
信長の中国攻めで、先鋒だった秀吉の水攻めによって水没した城です。
信長と敵対する毛利方に与していた城主、清水宗治が船上で舞って切腹をし、
毛利と織田の和睦が成ったという歴史を動かした城でもあります。
 
このとき本能寺の変の報せがあり、
秀吉は一刻も早く京へ戻りたいがため、
宗治の切腹を和睦条件として毛利方へ持ちかけ、
中国大返しを実現させたとも言われています。
 
そんな歴史的な場面となった備中高松城ですが、
もちろん城は現存しておらず、その痕跡もほとんど見られず、
今は公園になっているようですが行ってみたいと思っています。
 
しかし松山だの高松だの、四国っぽい名前ですよね。
ゆえに、頭に"備中"って付けるのでしょうが。
2018.03.13 22:06 | URL | 武 #Eb.hugsg [edit]
コメントありがとうございます。
きびだんごは食べまくりでしたが、マスカットはほとんど食べなかったです(>_<;)
本当はマスカットもピオーネも大好きなんですけどね。
備中高松城・・・
有ったんですね(O_O)
実はここに来るまで私は「高松城」だと「勘違い」していました。
そんな物は無くて「松山城」の間違いだったんだ。と納得したのですが、
やっぱりそれも実在したんですね。
どうにも備中高松城の方が語呂がいいと思っていたらそういう事だったんだ。
きっとドラマなどで何度も耳にしていたのでしょう。
お陰様でようやく合点がいきました。
2018.03.14 10:47 | URL | れいな #- [edit]

  • password
  • 管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

れいな

Author:れいな
PC・ネット・動画、旅行、ゲーム、学問、政治、ニュース、医療・健康、ファッション、グルメなどあらゆるジャンルのごった煮ブログです。

もくじ

Gakujutsu Seijinews Zatsudan Fashion Tabemono Mariokart Sonotagame Mamechishiki Ryokouki Agemon

動画紹介コーナー

アクセスカウンター

リンク

このブログをリンクに追加する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。