他人(ひと)のために死ねる?

よく、アニメでもゲームでも、物語上では、悪役に子供が殺されそうな状況になった時、

「私はどうなってもいいですから、この子の命だけは・・・」

と、親が自分の命を犠牲にしようと嘆願するシーンって有りますよね

私は小さい頃から、あれを見ている(読んでいる)時、本当に本心からそんな事思っているのかな~?と猜疑的な目で見ていました。

いや今でも同じです。

このサイトを訪れて下さっているフレンドさん方は幸いお子さんをお持ちの方が多いと思いますので、この際、聞いてみたいと思います。
もちろんまだ子供が居ないフレンドさんも興味が有れば書き込みして下さいね。

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仮に、自分か、我が子か、どちらかが殺される、あるいは死ぬ事になる。

その様な極限の状況に置かれた時、自分を犠牲にして子供を助けられますか?

という単純な、されど深い質問です

どちらも助かる様に知恵を絞るとか、遊ばれただけで結局どっちも殺される、とかいうオチは無しです。

もう少し具体的に例を挙げると、我が子がこのままだと100%今月末に死亡する。自分の心臓を移植すれば助かる。しかしそうなれば自分は当然死亡する。そんな二者択一です

私は、無理です。無理だと思います
例え自分の子供だとしても、ひとのために自らの命を投げ出すなんて事は絶対できない様な気がします。

そりゃ、その後ものすごい罪悪感と自己嫌悪に陥って精神的にもおかしくなるかもしれません。
それでも死ぬよりは私は自分が生き延びる方を選ぶんじゃないかと想像します。

なんていうひとでなし!と罵られたって構いません。

さて皆さんはいかがでしょうか?

あるいは、以前と考えが180度変わった(無理→死ねる、死ねる→無理 どちらでも)。って人がいらっしゃったら、どうしてそうなったのかとか非常に興味が有ります。

ちなみに「我が子」の部分は「家族の誰か」でも「恋人」でも、とにかく大切な誰かとして想定して下さったらOKです。

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よくニュースで、
河に子供がはまった。流される、溺れそう。
自分はそこそこ水泳の心得はある。
まず人を呼ぶなり浮く物を探すなりが正解だと頭では解っている。
しかしそんな悠長なこと言ってられっか!
と、やみくもに自分も飛び込み、結局、パニックになっている子供に掴まれて、あるいは着衣水泳なぞ何もできずに自分が先に溺死する。
子供は下流で最終的には助かり、結局死んだのは親だけ。などという哀れ極まりない展開。
そういう報道をよく耳にします。

「だから理屈じゃないんだよ。実際に子供を産めば解るって。」という自分が居る反面、「いや考え方はそうそう変わらないだろうよ。」と思っている自分も居ます。

 

コレを書いた後にちょっと検索してみたら・・・

やっぱり見事に同じ様な事を考えて質問している人って居るもんですね~

正直、子供のために死ねますか?

子供のために死ねますか?

娘のために死ねますか?

妻のために死ねるか?

結構賛否両論ですが、子供や回答者本人の年齢とかが不明なのでどういう傾向にあるのかわかりませんね。

「死ねる」って答えている人は、もう普段からそれほど生への執着が無くて、人生面白くない、どうでもいい、まあいつでも死ぬ覚悟はできている。 私みたいに、アレもしたいコレもしたい、今死ぬなんて死んでも死にきれないわ!って考えの人と根本的に違うのかな? とか思います。

イタリアの豪華客船の座礁直後に、いの一番で逃げ出した船長。戦時における脱走兵。

そういった人達の気持ちも、従ってまあ解ります。ただ、死ぬのが嫌なら、初めからそういった死と隣り合わせの可能性が高い職に就くなよ。と文句は言いたいですが。

けれども、例えば「大日本帝国のために」「東京オリンピック大成功のために」死ぬ覚悟で、文字通り「必死」になって下さった先人が居るからこそ今の日本のこの生活がある。という感謝の気持ちもあります。あるけど・・・今そんな人は皆無でしょうね~。だからこの国は衰退の一途を辿っているんだとも思います。(何
 

コメント

これまた難しい問いですね。σ(^_^;)アセアセ...

私の場合は・・・どうでしょうね。
このような究極な事を何度か考えた事があります。
たとえば、火事で、まだ中に娘が・・・なんて事など。
正直なところ、足がすくんで動けないかもしれないですね。
消防団に入ってるので、火事場には何度か出くわしてます・・・その中に飛び込んでいくのは無理かもしれません。

でも、心臓移植でという例では、移植できると思います。
私は家庭をもちそれなりに幸せも、楽しい思いもしてきましたので、私の心臓でいいのであれば移植してもらいます。
しかし、逆の場合は・・・私が移植を必要とする場合ですね。
この場合は拒否します。
娘の心臓をもらってまで長生きをしたいとは思いません。
ほかの臓器でも同じで拒否すると思います。

私は子どもが生まれるまでは絶対死ねないと思っていましたね。
どういう心境の変化かと言うと、簡単にいえば情ということになりますかね。
生まれてから、初めてしゃべったり、立ったりといったようなイベントに立ち会えたり、
笑顔だったり泣き顔だったり・・・今でも覚えてますしね。
そういった積み重ねが、辛そうな顔、痛そうな顔、泣いている顔などを見たくない。そういった気持ちから死ねると思えるようになってきたかも知っれません。
薄情かもしれませんが、妻のためには・・・( ̄m ̄〃)ぷぷっ!
やはり、他人ってことなんでしょうかね・・・(i ゜__ ゜)タラー…  


◆otosan
書き込みありがとうございます。
これ実は前回のコメレスで最初書いていた内容だったのですが、長くなりすぎたので次の記事になったのでした(≧▽≦)ギャハハ
やっぱり提供可能ですか。さすがだな~と思います。
いつかは私もそう思える様になるのかな~?
ただし、私も相手を犠牲にしてまで貰うというのはちょっと受け入れ難いかなと思います。
一緒になって生き続けるとか、そんなの詭弁だと思いますしね。
心情の変化の解説もありがとうございます。解る様な気がします。
妻のためには・・・
は当たり前だと思いますよ(^_^;)
まだ子供が赤ちゃんの頃ならいざ知らず、otosanぐらいの年代の方々ならそうかなと想像します。
次もまだこのシリーズ続きます(φωφ)

Posted by れいな on 28.2012   0 comments
Category :日記

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