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雲仙地獄

長崎市からさらに南下して島原半島の雲仙に来ました。

2011kyushu_41.jpg

これが夜の雲仙地獄です。
もくもくと地獄の湯気が上がってきて場所によっては全く前が見えなくなります。
そして硫黄の匂いが強烈です

2011kyushu_42.jpg

同じ場所の朝の様子。
今でこそ観光地として地獄をこうやって見る事ができるのですが、島原の乱が発生する前のここは本当に「地獄」だったのです。
年貢を納められない農民たちは「おしおき」としてここに手足を縛られた状態で突き落とされたり、首まで埋められたり、それはそれは惨い虐待が横行していたものでした

2011kyushu_43.jpg

いかにも地獄らしい濁った液体にボコボコ出てくる泡。
別府の坊主地獄みたいですね

温泉も典型的な硫黄系の濁り湯でしたので、肌すべすべになってさらに数日間硫黄の匂いがかすかに残っていました

2011kyushu_46.jpg

雲仙といえば、普賢岳。島原市から見た雲仙の風景です。
この山だけ緑ではなく、溶岩の固まった色になっていますね
1990~1996年に渡って噴火していました。
その意味でもたくさんの方が地獄を味わった場所です。

2011kyushu_47.jpg

災害記念館の「がまだすドーム」に入りました。
1000円必要(現在は500円でOK)ですが、行く価値は充分に有ります。
普賢岳の噴火の事が非常によく解ります。
平成の大噴火の前に1792年にも大噴火していて「寛政の大地変」と言われています。
その時の様子も紙芝居のようなからくり映像で見る事もできます。
その時は普賢岳が噴火して横にあった眉山が崩れてバラバラに有明海に流れ込み、九十九島(つくもじま)となりました。(佐世保の方に有る九十九島(くじゅうくしま)とは全く別の物なので混同しないように)



噴火時の映像。 火砕流のスピードは時速100km/hです!

2011kyushu_45.jpg

続いて島原城に入りました。 当時の石高のわりには立派すぎるお城です。

天草と同様に、ここ島原も元はキリシタン大名の有馬晴信が海外貿易などで栄えさせていた藩だったのですが、奈良の五条から入封(にゅうほう)してきた松倉重政という大名が暴君でした。 彼がこの城を築城したのですが、他にも江戸城改築の費用を出したりルソン島攻略の費用を出したり、お上には良い顔をして領民からはそのための年貢を滅茶苦茶取り立てていました。 そしてキリシタン弾圧も始め、虐待・拷問・処刑などを雲仙地獄などで行っていました。 有馬に仕えていた浪人+飢餓百姓+キリシタン達が一丸となって反乱を起こしました。それが島原の乱です。

天草も島原も、江戸幕府のくだらない鶴の一声(大名の配置換え)で本当の地獄と化してしまったのです

2011kyushu_44.jpg

一番上の展望室からの眺め。 朝早くに来ましたので他の観光客ほとんど居ません

スタッフの方が男の人も女の人も武士の格好をして出迎えてくれました。

天守閣以外にも記念館や資料館や食事処などもあり比較的規模が大きいです。

ここからさらに南の方に「原城址」があります。これは元々有馬氏が居城していた廃城でしたが、そこが天草・島原の戦いの最終決戦場です。士気の高い反乱軍はここに籠城して、寄せ集め討伐軍をことごとく撃破していましたが、とうとう江戸から老中率いる全国的大軍が押し寄せてきました。 更にはオランダ軍まで砲撃してきて、甲賀忍者まで潜入してきて、原城内の食料が尽きている事がバレてしまい、兵糧攻めにされて最後には女子供も含めて皆殺しにされて負けてしまいました

結局、松倉勝家(重政の息子)は一揆の原因の責任を取らされて斬首処分となりました

2011kyushu_48.jpg

島原半島の南端の口之津港から島鉄フェリーに乗って天草の鬼池港に向かいます。
約30分の船旅です
ですので長崎県とはここでお別れです。次は熊本県に入ります。

コメント

次は熊本ですか~

長期旅行中なんですか?


◆たなちゅーさん
はい。結構長かったですが、現在はもう帰っておりますよ(^_^;)
旅行中にはさすがにこれだけまとめながら書く時間とか有りませんのでね。
次の熊本は、たなちゅーさんの所から隣だから近そうですね(*´∀`*)


島原半島の入口・雲仙の麓、愛野町(現:雲仙市)ってとこが母の実家で、
子供の頃、夏休みになると、毎年ジイちゃんバアちゃんのとこへ行っていたので、
この周辺は行動範囲だったりします。
平成新山は、雲仙のなかでもひときわ荘厳な雰囲気を醸し出しています。
火砕流は凄かったです・・・テレビで固唾を飲んで映像を観てました。
逃げ遅れた人の黒こげの遺体が上空から映し出され、衝撃を受けたのを覚えています。
この大噴火の前は、毎日のように激しい縦揺れの地震があり、
今思えば、あれが予震だったのかもしれません。
土石流災害も酷く、土石流に埋もれ流された家屋や車がそのままに、
さらにその上に火山岩や火山灰が降り注いだ、荒廃した現場にも行きました。
そこで商魂逞しく、地元の菓子店が“噴火饅頭”なるものを販売していたのには脱帽しましたが・・・。


◆武さん
コメントありがとうございます。
そうだったのですか。さぞ怖かったのだろうなとお察しいたします。
この前の大震災と津波があまりにも大規模だったので、ついつい霞んでしまいますが、火山噴火も強烈ですよね(>_<;)
有珠山+昭和新山も見てきましたが、こちらの方が生々しく印象的でした。
噴火饅頭ってそんな直後から有ったのですか。不謹慎なお菓子屋さんですね。
細かい地震が頻発したら、必ずいつもその後にとんでもない大災害が起こる感じがしますね。
今度そういう事があれば、わりと本気で引越とか考えた方が良いかも?

Posted by れいな on 18.2012   0 comments
Category :旅行

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